今年サンプルは『シフト』(2007年1月初演)の再演、『地下室』(2006年初演)再演の国内ツアーと、松井周過去作品の再演を手がけてきました。『シフト』や『地下室』は、その後の作品とは対照的に、いわゆる現代口語、しゃべり言葉で、私たちが暮らしている日常にありそうなギリギリのラインをトレースし、物語を提示する作品です。
サンプルの新作は、青年団から独立後最初の作品『カロリーの消費』(2007年9月初演)以来、「戯曲で語る物語」から「上演が語る物語」へと、ほぐれるように、徐々に移行していきました。『あの人の世界』(2009年)、『自慢の息子』(2010年)あたりからは、およそ私たちの日常には存在しない奇形的なキャラクターや、架空・想像上の存在、どこだかわからない場所を劇世界に取り込んで、日常から遠く遠くへと離陸してきたとも言えるのかもしれません。
離陸とともに、創作のあり方に変化がありました。想像上の世界やシュールな場面設定が許容する自由度を生かして、自然さに縛られずスタッフワークのポテンシャルを注ぎ込んだ舞台空間を構成する。台本が出来上がる前の作品イメージからスタッフ会議で様々なアイディアを出し、それを台本に取り込んでいく集団創作的なプロセスで、劇場のウソの空間だからこそ可能になる独特の世界を組み立ててきたといえます。
そうして「なんだかわからないような気もするけど面白いな」という感じにやり切ったのが『ゲヘナにて』(2011年)。実はその後の『女王の器』(2012年)からは「結構のしっかりとした物語を作ろう」という方向に、徐々に作品がシフトしてきていました。今回は、この過程がいよいよ一線を越えます。
他方、昨年から今年にかけて、『地下室』再演/新作『永い遠足』/『シフト』再演とフォーカスしてきた「生命」と「生殖」そして「儀式」(あるいは「プレイ」)に対する問いが、『ファーム』で更に奥深くへと進められます。生命科学や再生医療技術、あるいは情報技術の進歩を背景に、これまで私たちが持ってきた人間観や社会関係の捉え方に更新の必要が生じていることを、鋭く衝くものになるはずです。
以前は日常の外/絵空事のフィクションの中にあると思ったことが、既に日常の中で私たちを変えようとしている。そんな「図」と「地」の反転が、穏やかな会話劇の中から醸成され観客の皆さんに直撃することを願って、最後のクリエーションに臨んでいます。それはきっと、この旅の最中に得た、スタッフワークの力を引き出した空間の構成や、日常に存在しないようなキャラクターを精緻に提示する演技のポテンシャルをもってこそ生まれる「亜現実」の劇空間です。
サンプルの最新作『ファーム』は、旗揚げ前後から続いてきた旅が、螺旋を描くように一周回り、日常世界に着陸する作品になるでしょう。具体的にどのようになるか、ぜひ劇場で実際にお確かめいただきたいと思います。
野村政之